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テルモCTO 粕川博明のノウハウ「M&Aで拡がった知的資産を“使い切る”」工夫とは

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フェロー、最高技術責任者(CTO)の高い業績の背景には、独自の考え方や思考・行動の原則にノウハウがある。これらのノウハウには、企業の創造力やイノベーション力を高めるパワーがある。そして、日本を元気にするヒントがある。本連載では、フェロー、CTOが自らのノウハウを語っていただく。今回は、テルモ 執行役員 CTOを務める粕川博明氏に話を聞いた。粕川氏は、新薬、医療機器開発や海外の技術探索、投資・導入の仕事を経験し、研究開発のマネジメントを経て、現在はCTOとして研究開発全体をリードしている。

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 テルモ 執行役員 CTO 理学博士
粕川 博明氏

未来予測を基に克服法を粘り強く考える

(アクト・コンサルティング 野間 彰氏)──粕川さんはテルモにとって2人目のドクターとして入社して以来、新薬開発を出発点に海外の医療技術探索や技術導入、研究開発企画や戦略といったマネジメントなどを経て、現在はCTOとして研究開発全体を技術面から指揮されています。

折しもテルモは、事業構成の見直しとグローバル化を両輪に、過去10年間で利益を倍増させていますが、粕川さんを筆頭に、テルモで初めて米国での技術探索活動を行ったことも成長に大きく貢献しています。こうした幅広い分野で成果を収めるうえで、日頃から心掛けてきたことはあるのでしょうか。

粕川博明氏(以下、粕川氏):そのことを説明するうえで、まずは当社の企業理念を説明した方がいいでしょう。

テルモは「学者の本文は高尚な研究ではなく社会貢献にある」と考えた北里柴三郎氏などの医師らを発起人として体温計製造業からスタートして以来、一貫して「医療を通じて社会に貢献する」ことを企業理念に掲げ、当社は常に医療現場と向き合ってきました。どんな製品でも使ってもらえなければ、結局は社会に貢献できません。ゆえに、現場のニーズ発の製品開発というメンタリティが当社は非常に強いわけです。

こうした中、私が絶えず意識してきたのは、与えられた仕事は何であれ、現場に向き合うとともに、常に現場の未来に「思いを馳せ」、しぶとく、粘り強く考えることです。いくつもの役割、役職を経験しましたが、この点については一貫しており、その大切さを絶えず社内に説いています。

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絶えず意識してきたのは、常に現場の未来に「思いを馳せ」、しぶとく、粘り強く考えることだという

仕事への責任感が苦しみを克服する原動力

──たとえば何に対して、どのように思いを馳せたのでしょう。

粕川氏:失敗事例で恐縮ですが、一例が、コスト面から開発を中断せざるを得なかった「人工血液(赤血球)」の研究開発です。

献血から供される血液は、長期保存が難しく、病院や救急車等への備蓄の壁となっていました。その打開に向けた研究が、私の入社前から進められていました。とても長い期間続けられていたテーマでしたが、ある日、プロジェクトの長に抜擢されました。開発が進むにつれて輸血用途ではどう考えても採算が合わないことが判明しました。とはいえ、社会的な意義や関連した基本特許を最初に取得するなどの先輩方の成果もあり、チーム全員が何とか研究を継続したいと考えました。

そこで全員で目指すべき医療の未来に思いを馳せ、「脳梗塞への応用」へと用途を変更しました。人工赤血球は、大きさが通常の赤血球の約20分の1で、このサイズなら血栓の隙間を通過でき、血栓の先に酸素を送り届けることで、救命、後遺症の軽減に役立てられる。脳梗塞は時間の勝負ですが、人工赤血球は1年以上もつので、常に病院や救急車に常備できる。簡易な診断であっても救急車内で処方できる可能性があると考えたのです。ただ、モノはある程度かたちにはなったものの、採算面だけは対応しきれませんでした。

──成功事例も、ぜひ教えてください(笑)。

粕川氏:薬剤溶出ステント(DES)という製品があります(注1)。これは私がまだ中堅の頃、米国にいるころにベンチャーから導入した開発品です。テルモにとっては、治療用デバイスであり、かつ医療機器と薬剤のコンビネーション製品というとてもハードルの高い開発品でした。

注1:狭心症や心筋梗塞の原因である血管内の狭窄(きょうさく)を拡張する金属のステントに薬剤をコーティングすることで再び狭窄するのを防止するために開発された製品。

ベンチャーが開発していたもので、まだ完成品ではなかったため、とても苦労しましたが、この時は医療機器のチームに医薬品のチームが加わり、総勢100名の開発者が全社一丸で取り組みました。私は米国でこのベンチャーとの連携推進や薬の臨床試験を担当しましたが、全社R&Dの一体感、これぞテルモの開発の強さだということを味わいました。なんとしても現場に届ける、私たち開発には初めての医療機器と薬剤のコンビネーション製品で、治療領域へ参入するというチャレンジでした。

最近の取り組みとしては、心不全における取り組みです。これはまだ始まったばかりですが、我々の思いは、高齢化で今後患者数が増える中、現在有効な治療法がない領域です。これに挑戦するには大きな社会的意義があります。

たとえば米国の場合、心不全にかかる医療費は今後10年で倍増するといわれています。治療法がない中、私たちは2016年に販売を開始した再生医療等製品のハートシートに加え、さらに治療用医療機器の開発、また再発防止をモニターするデバイスによる再入院低減、さらには心不全を増悪する腎機能のモニターや治療等、マルチに問題解決を図る、つまり、心不全患者さんのQOL(クオリティ・オブ・ライフ)全体を改善し、そして医療費をできるだけ軽減するという価値を創出するためなら、技術にこだわらず、なんでもチャレンジするという取り組みを実施しています。

──そうした粘り強さは、自(おの)ずと生じるものですか?

粕川氏:危機に直面した時は苦しい。しかし、そこに意義や責任を感じているなら、乗り越える策を誰しも探し始める、そして探し続けるのは自然なことです。そして、その思いが強いほど、考えも広がるというのが私の実感です。

──思いを馳せる背景に、「無念さ」と「粘り強さ」が表裏一体で存在しているんですね。

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アクト・コンサルティング
取締役 経営コンサルタント
野間 彰氏

 

粕川氏:「思い」の根底には、先ほどお話した当社の理念である「医療を通じて社会に貢献する」があります。また、当社の強みである医療現場の実態に即した開発力があります。

現場の多様なニーズに応えるために、特定領域の人材ではなく、機械、電機や材料開発の人材はもちろんのこと、化学、生物、薬学等、多様な分野の人材を採用し、入社初期から時間をかけて医療知識やニーズ探索を幅広く実践できる人材育成にも力を入れています。そうした知識や現場活動での組み合わせが発想の広がりにつながっており、現場主義を実践するための当社の財産にもなっています。

テルモのCTOは、M&Aで仲間入りした会社を含め、全社にわたる研究開発部門の連携推進とシナジー創出も重要な役割です。社長の佐藤(佐藤 慎次郎氏)が掲げているキャッチコピー「ATM」(A:明るく、T:楽しく、M:前向きに)が、こうした連携推進やシナジー創出の取り組みをとても後押ししてくれました。

ダイバーシティによって議論が広がり、深まる

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──ユニークな名称ですが、活動の“中身”とは?

粕川氏:本来、研究開発は他社どころか、社内でさえも知られないようひっそりと行われる活動です。それを社内で可視化し、連携させることで、知的資産を“使い切る”ことを一番の狙いとしています。ひいてはそれだけ発想も広がることになります。

当社は2000年頃から、M&Aを積極的に継続して行ってきました。これは持続的成長の一環であることはもちろんなのですが、M&Aは当社にとって、国内外に生じている医療技術の差を埋め、フォロワーポジションからの脱却、そしてグローバル化を実現できる手段となりました。

この成果は、研究開発にも好循環を生みました。多くのM&Aにより、全社の開発者の半数が海外の人材となり、また、さまざまな分野や疾患領域の専門家が交わり、急速にダイバーシティが進みました。一方で、同じテルモグループにありながら、誰が、どこで何をしているかが見えにくく、かつ、組織風土の違いから意思統一が難しくなる状況を招きがちです。

そこで私たちは、全社、全事業のR&D責任者で構成するCTOリーダーシップチームを結成し、事業特性や人材の多様性を保ちつつ、グループとしての一体感を醸成する取り組みを実施しています。全社の技術や人材を可視化し、また年に2回ほど、チームメンバーが全員集まり、医療の未来や現在の研究、現場や最新技術の活用について、グループ各社の横串を通して議論できる場を持つことができています。

たとえば、血液製品を開発している人材と脳神経血管のデバイスを開発している人材が互いのテーマを面白がって、仲良くなることもしばしばです。本来、専門領域や所属学会などを考えると、両者は、ほとんど交流がないはずなのですが、弊社は所属や地域関係なく、グローバル規模で仲良くなっており、これが自然発生的な「ATM」につながっていると思います(笑)。

また、研究開発独自のイントラネットを作成し、全社技術や人材の可視化をしましたが、これは、別の側面もあります。海外では、研究者が経験を積む場所と夢を実現する場所は、必ずしも同じ場所ではないことが多いと思います。たとえば、経験を積むのは大企業で、夢を実現する場はベンチャーだったりします。日本でもその傾向があると思いますが、できれば経験を積む、夢を実現する場が同じテルモという場でできたらいいなと考えています。

──そのような議論で、よりダイバーシティが深まり、その後の活動の円滑化も見込めそうです。

粕川氏:実は、グループ各社の過去の活動の分析を3年前から続けています。うまくいったケースとそうでないケースのそれぞれについて、製品開発における意思決定方法、研究開発の進め方、決定のベースとなる企業文化などを洗い出すといた具合です。

M&Aを通して、小さなベンチャーから歴史ある会社の部門などさまざまな企業文化が交わります。そこには多種多様な開発スタイルがあり、これはテルモグループにとっては本当に大切な財産です。相互に学びあい、その時々の開発課題において最適な手法を活用しあうことで最大限の力を発揮できます。技術、専門領域、国内外に加え、開発スタイルの面からもダイバーシティがとても重要であると考えています。

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──研究開発における各種判断は、現時点では研究者に委ねられているのでしょうか。

粕川氏:カンパニーの研究開発では、主に事業のマーケティング部門が判断を担うことが多いです。製品開発では、製品ライフサイクルマネジメントが企業として重要となりますので。ただし、製品開発で行き詰まったとき、特に技術や開発プロセスで判断に迷った際には、同様の経験のある社員に直接話を聞けるよう、開発プロセスの社内事例をベストプラクティスとして取りまとめることも計画しています。

──経営理念に基づく粕川さんの「粘り強く」とのメッセージが、研究者の行動の指針となり、今後はそれをATMなどが支えていくわけですが、そうしたビジョンは社内でどう共有されているのですか。

粕川氏:グローバル化でダイバーシティが進む中、グループ全体の意識統一のため、ビジョンの共有がとても重要です。当社内では「心臓血管」「ホスピタル」「血液システム」の3つのカンパニーがありますが、研究開発は“One Terumo”を目指し、全社R&Dの連携推進、シナジー創出で価値の最大化を目指していきます。「思いを馳せる」を共有して、各人が新たな製品や事業の創出に取り組んでもらいたいと考えています。

専門にこだわらない方が研究者の伸びしろは大きい

粕川氏:新たな成長に向けて、開発者だけでなく全社でのアイデア創出がこれからの企業の力になっていくと思います。それに加え、アイデア提案にとどまらず、正式テーマ化や事業化に醸成する仕組みをつくっていきたいと考えています。

現行の社内アイデアコンテストを活用し、アイデア提案者をCTOオフィス(CTOの直轄部署)が支援し、開発テーマ化や事業化へと発展させる取り組みを始めています。この活動を通じて、グローバルのR&Dメンバーと共有でき、かつM&Aにより獲得した技術の応用活用機会にも役立てていけると見ています。

──最後に、若手研究者へのアドバイスやメッセージがあればお願いします。

粕川氏:賛否両論はありますが、自身の専門にこだわらない方が、逆に長い目で見て成長の伸びしろが大きいというのが私の実感です。

技術探索のために米国へ派遣された当初、私もドクターとして研究を続けたかったことから、帰国のことばかり考えていました。しかし、結果としてこの経験が自身の研究開発スタイルの新たな活路を切り開きました。組織の中で研究を続けていれば、好むと好まざるとに関わらず、失敗や危機に直面するものです。その際、ほかによりどころがあった方が、それだけ切り抜けらやすくもなります。

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──とはいえ、新たな柱をどう習得するかは悩ましいところです。

粕川氏:説明が難しいですが、私の場合はドクターとして培った開発活動の軸で技術探索に動き、いわゆる「T型」人材の柱を太くした感覚です。軸さえしっかりしていれば、新たな仕事がたとえ畑違いであろうとも、技術を生かし、育てることは可能だと私は思います。

希望した仕事ができなくなることは確かに嫌なことです。しかし、新たな挑戦をするには、視野を広げ、発想力を高めるためも、1つの専門にこだわらず、得意なことを増やして成長していく必要があると思います。

──本日は貴重なお話をありがとうございました。

Author: 野間 彰
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